GCU・NICU

GCU・NICU

ある時、GCU・NICU病棟に配属になりました。

思えば学生時代に約1年半ほどは臨床実習にいくのですが、GCU・NICUは特殊病棟であるため、主に見学をするだけで、赤ちゃんに直接かかわるケアをするのは、看護師になってからが初めてでした。

最初の数か月は、退院間近で状態が安定している赤ちゃんの授乳や、沐浴などをメインにケアをしていくのですが、夏以降くらいになるとクベースに入っている呼吸状態が不安定な赤ちゃんや、哺乳状態が良くなく、抹消点滴が入っている赤ちゃんを受け持つようになります。そして、さらに慣れてくると家族関係などに問題があったり、お母さんの精神状態が不安定な赤ちゃんを受け持つようになりました。

そして入職して1年ほどたつと、プライマリーナースとして赤ちゃんを担当するようになり、お父さんお母さんが面会に来れない間に、赤ちゃんがどのように過ごしているかや、生後1ヶ月2ヶ月などの記念に、手形や足型、写真を撮りノートに計測値をメモをしたり、お父さんお母さんがノートに書いてくれる文章にお返事を書いたりという仕事ができました。

私が最初にプライマリーナースになった赤ちゃんは、男の子と女の子の双子でした。出生時は1500g程度の男の子と1000g程度女の子と体重差がとても大きく、特に小さい女の子の方は状態が安定しない日々が続きました。男の子は呼吸器が外れても自発呼吸が上手で、授乳も修正32週になったあたりから自分で上手に飲めていたのですが、女の子は呼吸器が外れると、無呼吸発作を起こすことも多く、経口授乳もなかなか開始することが出来ませんでした。

そのような状態を見たお母さんは、男の子が順調なのに女の子は順調ではないのは、妊娠中にもっと安静に過ごさなかったからですか?など自分を責めるような発言が徐々に増えていきました。もちろんそんなことが原因ではないのですが、お父さんは仕事が忙しい方で、普段の面会も月に数回来れる程度でした。その状況を知っていた私は、お母さんは自宅でもなかなか自分の気持ちを言葉にすることが出来ないのではないかと考え、お母さんの面会時は、時間がある限りなるべくお話を聞くように心がけていました。

そんな状況が1ヶ月ほど続いた時、女の子の状態も安定してきて、授乳中に無呼吸発作を起こすことなく、しっかりと自分で呼吸が出来るようになっていました。呼吸状態が安定したことで、体重の増えもスムーズになり、退院できるほどにまでなりました。ご両親も不安はあるけれども、自宅でみんなで過ごしたいという思いが強く、女の子の体重が2000gになってすぐに退院となりました。

退院してしばらくたった頃、病棟に私宛に手紙が届きました。病棟で手紙を受け取ることはほとんどないので、何だろうとおもったのですが、そのお母さんからの手紙でした。入院中に話を聞いてもらったことがとても力になったことなどが書かれており、その当時仕事でミスをして落ち込んでいた私にはとても力になる手紙でした。現在はGCU・NICUからも離れてしまいましたが、そのもらった手紙は今でも大切に取っており、仕事で疲れた時など時々見返して、また頑張ろうと気持ちを奮い立たせる大切な物となっています。

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