嚥下のケア

嚥下のケア

脳に障害を受けた患者様は嚥下機能に障害をきたすことがあります。
今まで食べていた固形の食物でむせてしまう、水分が飲めなくなる、最悪の場合は絶食となり経管栄養や胃婁といった食事に変化していきます。

食べるというのは生理的欲求です。当たり前にできている行為ができないというので、嘆き悲しみ死にたいと言われる患者様をたくさん見てきました。

ある患者様で嚥下ができずトロミを濃く付けたお茶を毎日数口しか摂取できない方がいました。ですがその数口がとても嬉しそうで毎日その瞬間が楽しみでした。
嚥下は訓練すれば改善する可能性があります。そのため毎日嚥下訓練として、嚥下体操やアイスマッサージといった関わりを朝・昼・夜と続けました。

勿論看護は継続がなにより必要なので、私がいない時でもスタッフ全員で同様の関わりを行います。ある日突然急激に改善することは絶対にありません。毎日毎日変化がなくても続けることが重要です。
初めは数口のトロミ茶で十分だと満足していた患者様ですが、私たちの働きかけで自身もやる気をもって下さるようになりました。

毎週スタッフ間でカンファレンスを行い、トロミ茶の濃度を薄くしていくように短期目標を決めて関わり、最終的に常食まで食べれるようになりました。

その時患者様が「生きていてよかった。また食べれるようになったのはあんたのおかげや。ありがとう」と言ってくださいました。その時看護の嬉しさと楽しさを感じることができました。
また麻痺の患者様も多いのが脳外科・内科の特徴です。ある日突然使えていた手や足が使えなくなることはかなりの苦痛です。

今までの仕事を辞める必要が出てきたり、終日介護が必要になることもあります。そんな時、私は入院中にできることが一つでも増えるように関わりを持つことを目標にしています。できたことを一緒に喜んだり、できていない部分をどうすればできるようになるのか考えたり、何か補助具がないかを検討したり、方法はたくさんあります。
そうした関わりも楽しみの一つです。誰かのために専門的な部分で考えたり、知恵を絞ったりして結果が生まれたときはたまらなく嬉しくて楽しいです。

看護は結果がすぐに反映されるものではありません。感謝ばかりされる仕事でもありません。でも日々の継続した看護が結果を生むことを実感できる仕事です。患者様ができなかったことが看護の力でできる結果として現れた時、一番楽しいと感じます。

認知症の患者さん

認知症の患者さん

整形外科病棟では認知症の患者さんが多くいらっしゃいました。
軽い物忘れ程度の方からコミュニケーションをまともにとるのも難しい方までいらっしゃいました。
中には昔から食べ物の好き嫌いが激しく、認知症を患ったことで好き嫌いが激しくなってまともに病院食を食べていただけない患者様もいました。

そんな患者さんには他のものと混ぜたりしてどうにか食事を口に運んで食べてもらうように工夫して食事介助を行うのですが、どうしても食べてもらえない場合もあります。人によっては口に運んでもペッと吐き出してしまう患者さんもいらっしゃいます。

担当医と話し合ってゼリー食や持ち込みのフルーツなどの許可を得て食事の時間に看護師が食事介助でそれらのものを食べてもらえるよう介助をおこなったりもしていました。

このような患者さんは大抵の場合、好きなものになると喜んで口を開けてくださり、笑顔で食べてくださるので今までとのギャップに癒され、その人の食事介助に入るのが楽しくなります。誤嚥のリスクも考えながらゆっくりと介助していると、「はやく」とせかしてくる姿をみるとかわいいと思ってしまうこともありました。そんな
姿を家族の方にも見てもらえると「おばあちゃんがちゃんとご飯食べてる!よかった~」と喜んでくださるので、患者さんと家族さんの両方によい看護ができたなと感じることができ、楽しくなってきます。

また、自分がうれしいと感じた体験をした患者さんはそこだけはしっかりと覚えていてくださるときがあり、「あなたのおかげでごはんがおいしい」なんて言われたこともありました。自分の行った看護がちゃんとその人のためになり、そのことを患者さんが覚えていてくださることはとてもうれしいことであり、その人のためにできることをもっと創意工夫して看護として提供したいという気持ちにもなるため看護をするのがとても楽しくなります。
自分が看護師として、その人がより元の生活に戻るためにはどんな介入が必要なのかを個別に考え、担当医やリハビリ科のスタッフとも相談しながら、その人にとって今一番良いと思う方法を実践して患者さんのためになにかできたのだと実感できる

喜びとやりがいを感じることができるのが看護師としての一番の楽しみかと思います。それらの体験を通じて担当していた患者さんの退院していく姿を見ることができると担当看護師として介入させてもらえて本当に良かったと感じられます。

GCU・NICU

GCU・NICU

ある時、GCU・NICU病棟に配属になりました。

思えば学生時代に約1年半ほどは臨床実習にいくのですが、GCU・NICUは特殊病棟であるため、主に見学をするだけで、赤ちゃんに直接かかわるケアをするのは、看護師になってからが初めてでした。

最初の数か月は、退院間近で状態が安定している赤ちゃんの授乳や、沐浴などをメインにケアをしていくのですが、夏以降くらいになるとクベースに入っている呼吸状態が不安定な赤ちゃんや、哺乳状態が良くなく、抹消点滴が入っている赤ちゃんを受け持つようになります。そして、さらに慣れてくると家族関係などに問題があったり、お母さんの精神状態が不安定な赤ちゃんを受け持つようになりました。

そして入職して1年ほどたつと、プライマリーナースとして赤ちゃんを担当するようになり、お父さんお母さんが面会に来れない間に、赤ちゃんがどのように過ごしているかや、生後1ヶ月2ヶ月などの記念に、手形や足型、写真を撮りノートに計測値をメモをしたり、お父さんお母さんがノートに書いてくれる文章にお返事を書いたりという仕事ができました。

私が最初にプライマリーナースになった赤ちゃんは、男の子と女の子の双子でした。出生時は1500g程度の男の子と1000g程度女の子と体重差がとても大きく、特に小さい女の子の方は状態が安定しない日々が続きました。男の子は呼吸器が外れても自発呼吸が上手で、授乳も修正32週になったあたりから自分で上手に飲めていたのですが、女の子は呼吸器が外れると、無呼吸発作を起こすことも多く、経口授乳もなかなか開始することが出来ませんでした。

そのような状態を見たお母さんは、男の子が順調なのに女の子は順調ではないのは、妊娠中にもっと安静に過ごさなかったからですか?など自分を責めるような発言が徐々に増えていきました。もちろんそんなことが原因ではないのですが、お父さんは仕事が忙しい方で、普段の面会も月に数回来れる程度でした。その状況を知っていた私は、お母さんは自宅でもなかなか自分の気持ちを言葉にすることが出来ないのではないかと考え、お母さんの面会時は、時間がある限りなるべくお話を聞くように心がけていました。

そんな状況が1ヶ月ほど続いた時、女の子の状態も安定してきて、授乳中に無呼吸発作を起こすことなく、しっかりと自分で呼吸が出来るようになっていました。呼吸状態が安定したことで、体重の増えもスムーズになり、退院できるほどにまでなりました。ご両親も不安はあるけれども、自宅でみんなで過ごしたいという思いが強く、女の子の体重が2000gになってすぐに退院となりました。

退院してしばらくたった頃、病棟に私宛に手紙が届きました。病棟で手紙を受け取ることはほとんどないので、何だろうとおもったのですが、そのお母さんからの手紙でした。入院中に話を聞いてもらったことがとても力になったことなどが書かれており、その当時仕事でミスをして落ち込んでいた私にはとても力になる手紙でした。現在はGCU・NICUからも離れてしまいましたが、そのもらった手紙は今でも大切に取っており、仕事で疲れた時など時々見返して、また頑張ろうと気持ちを奮い立たせる大切な物となっています。